第3分会の分会集会報告です。
日時  平成26年7月5日
場所  金光教センタービル 3F
内容 「神人あいよかけよの生活運動」講話
講師 白金教会長 和泉正一師
講話後に質疑応答、班別懇談、懇親会を実施
出席者 38名    (懇親会出席者  21名)

以下、講話内容と資料です。

「神人の道を現そう」

~「神人あいよかけよの生活運動」に取り組む~

講師:金光教白金教会長 和泉正一先生

  • はじめに

20140705講話B-(1)「神人あいよかけよの生活運動」は、平成24年の1月に発足いたしまして、今年で3年目を迎えたわけですが、前の運動である「あいよかけよの生活運動」を継承し、そして展開するということで発足いたしました。

継承という意味では、「あいよかけよの生活運動」がご神願ご成就ということを目的にしておりましたので、この「神人あいよかけよの生活運動」も、ご神願ご成就、神様の願いの成就のために私たち氏子がお役に立たせていただく、ということで継承しました。

展開という意味では、願いの文言を新たにし、新たな気持ちで向こう10年間取り組んで行こうということで、継承と展開という位置づけで「神人あいよかけよの生活運動」が発足したということであります。

 

  • 神人あいよかけよ

まず、「あいよかけよ」という言葉でありますけれども、これにつきましては、資料の1番に挙げております。

平成15年に刊行された『金光大神』に、このように書いてあります。

「あいよかけよとは、相依り相助けることを意味する、この地方の古い方言である。双方がかかわり合う動きを表現する言葉である。ここでは、神と人とが親子のようにかかわり合い、はたらき合っていくことにたとえられている。そして、神と人との間にあいよかけよでかかわり合う関係が生まれるとき、人の難儀は解かされていく」(平成15年刊『金光大神』P.133)

1行目の「この地方」というのは、岡山県浅口市金光町周辺の地方という意味であります。2行目に「ここでは」とありますが、これは『金光大神』の文中、安政6年10月21日のお知らせ、金光大神様が農業をお辞めになってお広前の御用をされるようになった時のお知らせ、教内では「立教神伝」と申し上げておりますが、立教神伝の説明のところにこの文言があります。あいよかけよというのは、相依り相助けるということで、双方がはたらき合って、物事を成就させていくということだということであります。

よく例えられるのが、2人で荷物を持ち上げるときのことです。2人が、「よいしょ」と勢をそろえて力を出さないと持ち上がらない。片方だけでは持ち上がらない。そのように「よいしょ」と言って持ち上げるような時に、「あいよかけよでやろうや」という言い方をしていたと言われております。とにかく、神様と人間とが相依り相助け合って、一つの事柄を成就させるという意味であります。

それから「神人」と言った場合の「神様」を、どのようにわれわれはイメージするか。私たちは信ずる神様のことを天地金乃神様と申し上げていますが、これはみ教えを紐解かないことには天地金乃神様の御事は解らない。神様がどういう神様であらせられるか、ということについては、金光大神様のみ教えをいただかないと解らないのです。われわれもそうでありますし、お道の先輩方も、金光大神様のみ教えによって、神様のお姿というものを描いてゆかれ、その神様を信じてゆかれたわけであります。神様と人間との関係、間柄というものをどのように考えるかということが、ここでは大事なことであります。

何か神様というと空の上の方におられて、われわれ人間のいる下界を見下ろして、「あの者は難儀しておるな、この者は助かっておるな」というようにご覧になっているようなイメージがあるかもしれませんが、お道の神様は決してそういう神様ではない。

福嶋儀兵衛という先生は、「天地金乃神のご神体は天地である」という金光大神様のみ教えを伝えておられます。ご神体とは、神様のお身体ということです。神様のお身体は、この天地である。今でいう宇宙と言ってもいいのでしょうか。天地が神様のお身体である、ということは、私たちは天地の中に生かされているわけでありますから、神様の内容だというふうに考えることが出来る。神様と人間とが別々であって、上から下を見下ろすような神様ではない。神様は天地全体がお身体であって、そのお身体の中に私たちがいる、存在している、ということです。神様のご内容として、私たちはあるのだという、こういう神様をイメージしていかないと、み教えをいただいたことにはならないわけであります。

ですから、皆様方がどのようにイメージされるか。是非とも、福嶋先生が伝えておられるような、天地金乃神様のご神体は天地である、ということをはっきりと自覚していただきたいと思うわけであります。そういう神様と人間との間柄の「神人」、これが「あいよかけよ」ではたらき合っていくということであります。

まず、「神人あいよかけよ」ということについては、「あいよかけよ」という言葉と、神様と人間がどういう関係かという、この二つのことをしっかりと頭の中に入れておきたいと思います。

 

  • 信心生活運動

それから、「神人あいよかけよの生活運動」となっておりますが、信心生活運動ということについて考えてみたいと思います。

お道では、信心生活ということをよく申します。信心生活といえば、信心にのっとった生活というような意味でありますし、生活信心という言い方をする場合もありますが、その人の生活がそのまま信心になっていく、という意味でありましょう。そういうことを大事にするわけであります。

世間では、信心すると言えば、これは神社仏閣に参ること、参詣することが信心なわけです。信心するということは、自分の住んでいる地域の氏神様、あるいは自分の菩提寺でもいいでしょう、神社やお寺にお参りすることが信心であるということなのです。

ところがお道では、教会にお参りすることは信心の稽古だと仰る。教会は信心の稽古場所である、と仰る。世間並みには、神社仏閣へ参ることが信心なのだから、教会にお参りすることが信心ではないですか、という考えも成り立つかも知れませんけれども、そうではない。教会には信心の稽古をしに行くのだということです。それでは信心の本番はどこかと言いますと、それは、それぞれの生活の現場だと仰る。信心の現場はそれぞれの生活ですよ、ということになるわけであります。でありますから、この信心生活運動というのは、いかにも信心にのっとった生活をする、あるいは生活がおのずと信心になってくる、という生活をしましょうという運動であります。

運動という言葉は、辞書を引けばいろいろな意味が出てまいります。物理でも運動という言葉が使われますし、一番多いのが体を動かす運動でありますけれども、信心生活運動と言った場合の運動は、「目的を達成するための活動」くらいのことだと思うわけです。信心生活を送るという目的を達成するために、みんなで活動していきましょうというのが、「信心生活運動」ということであります。

平成24年のお正月から始まったこの運動は、向こう10年間、金光教の信奉者は「神人あいよかけよの生活」を生活の現場で進めるようにしましょう、ということでありまして、改めて、この運動がそういう願いのもとに発足したということを、お考えの中に入れておいていただきたいと思います。

 

  • 「願い」

「神人あいよかけよの生活運動」の「願い」は5行にわたっています。この「願い」の5行は、おおらかに信心の筋道を表しています。

信心の筋道ということは、金光大神様が天地金乃神様と共に開かれたお道を歩む者にとっての筋道でありますから、そういう意味では、この5行は特段目新しいものではありません。多くの先輩方が、こういう筋道を辿ってこられた。そして私たちにこのお道を伝えて下さった、というふうに考えれば、この筋道自体は、もう金光大神様の時代から直信先覚が取り組んで来られた道である、というふうに言うことができるのであります。そういう意味では特段目新しいものではない。ところがこういうふうに言葉を並べてみますと、また新たな気持ちをかきたてられて、では取り組もうかという気になるものであります。

これは、多くの先輩方が歩んで来られた、その先輩方の徳に報いるためにも、私たちもこのような道を歩ませていただきましょうということです。先輩方が受けて、現し、伝えて下さったものを、私たちも伝えてゆくつもりでこの運動に取り組んで行こうとするのが、この願いの5行の流れであります。

それから、この流れを辿ったお話というのは、皆様方お一人お一人におありになるかと思います。先般、6月8日に教団独立記念祭が御本部で執行されましたが、その後の全教集会で、あるご婦人が「神人あいよかけよの生活運動」の体験発表をされました。本当に人から人に信心が伝わって、伝えられた人が助かるという筋道が良く分かるお話しでした。それは、体験発表された方だけではなく、多くの方が持っておられる、この筋道の事例でありましょう。

具体的な事例ということで考えれば、皆様方お一人お一人におありになると思いますが、今日の話は、金光大神様のご事跡ではどうなるかということを中心にお話し申し上げます。

・「御取次を願い 頂き」

まず、「願い」の文言の1行目でありますが、「御取次を願い 頂き」ということです。

これは、どなたも、ここにおられる方、私もそうですが、誰かから教えられてこの道に入るわけであります。私は親から教わって入ったわけでありますが、入れば必ずお結界にいざなわれます。

私の親教会は芝の大場先生のところでありますが、子どもの頃から、お参りすれば、自分でお届けをしなさいとお結界へ行かされた覚えがあります。教会にお参りすれば、ご神前、ご霊前で拝礼した後、必ずお結界に行きなさいと言われる。皆様方も、親から教わった信心でも、どなたかにいざなわれた信心でも、必ず教会にお参りされたら、お結界へという筋道があったと思うわけであります。

金光教の教会は、それぞれの教会によってお広前の様子はまちまちであります。ご神前に「天地書附」が掲げてあって、その前にお供え物があって、向って右手にお結界があって、その形は全国どこに行っても同じでありますが、お広前の様子というものは全く違うわけであります。しかし、まったく違うけれども必ずお結界はある。お結界があるということは、ここにお道の大事なところがあるわけです。

必ず「お結界」があるということで、資料の3番をご覧いただきたいのですが、

「世が始まってからこのかた、神がものを言って聞かせることはあるまい。どこへ参っても、片便で願い捨てであろう」(『金光教教典』P.144。理Ⅱ市村光五郎8)

ここでは、金光大神様は片便で願い捨ての信心を戒めておられます。それでは片便でなく往復便になるにはどのようにしたら良いかということですが、このお道にはお結界という場があって、そこでは、氏子の願いを神様にお届け下さると同時に、神様の思い、神様の願い、ご神願というものを、われわれ氏子に伝えて下さる。これが往復便なのですね。もしお広前にお結界がなければ、やはり片便で願い捨てになってしまうことでしょう。

神社仏閣に参拝することが信心ということであれば、片便で願い捨てになっても致し方がないかもしれませんが、必ず「お結界に行きなさい」と子どもの頃から言われたことを考えてみますと、自分の願い事を申し上げたら、必ず神様のみ教えを聞いていらっしゃいという意味だと思うわけであります。これは、片便で願い捨てではない信心ということでありますし、資料の4番で、波線を引いておきましたけれども、

「一つ、金光大神社でき、何事も神の理解承り、承服いたせば安心になり、神仏とも喜ばれ。親大切、夫婦仲ように、内輪むつまじゅういたし候」(『金光教教典』P.55。『金光大神御覚書』明治4年12月10日)

何事も神の理解承り、承服いたせば安心になり――いろいろ悩み事をもってお参りし、そしてお届けをし,そこでご理解を聞かせてもらって、腹の底から納得できれば、それで安心できるぞ、ということです。心配で心配でお参りに来たとしても、お取次を願い頂けば安心が得られるぞという、神様のお知らせであります。これが、「御取次を願い 頂き」というところで大事なことになるわけです。分からなければ、「どうしてですか?」と先生に聞く、そうすると先生がまた答えて下さる、そのやり取りが大事なわけであります。

天地金乃神という神様は、神前拝詞に「天地に生命ありて万の物生かされ 天地に真理ありて万の事整う かくも奇しきみ姿大いなるみ働きを 天地金乃神と仰ぎまつりて称えまつらん」とある、そういう神様であります。そして、教える神というお働きもあり、助ける神というお働きもあるわけです。われわれの生命の根源のお働きをして下さる神様、と同時に、教えて下さる神、その教えを聞けば安心になる、助けて下さる神、そういう神様であるということであります。

そういう神様なのだから、しっかりと教えを聞いて、自分の生活を整えていきなさい、ということが、ここでいう大事な「御取次を願い 頂き」ということになるわけであります。改めて、安心が得られるまで、お取次の場に向うことが大事でありましょう。

それから、明治5年に金光大神様は、「金光大神、拝むと言うな、お願い届けいたしてあげましょうと申してよし」というお知らせをいただかれます。資料にはあげておりませんが、そういうお知らせをいただいておられます。それまでは、金光大神様は、「拝んであげましょう」というふうに仰っていたと思うのですが、明治5年になって、「金光大神、拝むと言うな、お願い届けいたしてあげましょうと申してよし。願う氏子の心で頼めいと申して聞かせい、わが心におかげはあり」というお知らせをいただかれるのです。

もう、今日から拝むということを言うな、お願いお届けいたしてあげましょうと言いなさい、ということです。今われわれは御取次を願い頂くことを、「お届けする」と言います。これは、明治5年のお知らせからそのように言うようになったと思うのです。「願う氏子の心で頼めい」ですから、願うのはあなたなんだぞということです。私が拝んであげるわけじゃないんだぞということです。「願う氏子の心で頼めい」「わが心におかげはあり」と、明治五年七月二十八日に金光大神様はお知らせをいただかれます。

そういう内容をもって、「御取次を願い 頂き」というところを拝読させていただきたいと思います。金光教の大事なところが、この一行に込められているというわけであります。

・「神のおかげにめざめ」

次に2行目であります、「神のおかげにめざめ」。

金光大神様のご信心では、「神様のおかげを知る」ということが極めて大切なことであります。「おかげを知る」ということについて、資料の5番、6番に揚げましたけれども、まず明治6年10月10日のお知らせであります。

「天地金乃神と申すことは、天地の間に氏子おっておかげを知らず。神仏の宮寺社、氏子の家宅、みな金神の地所、そのわけ知らず、方角日柄ばかり見て無礼いたし、前々の巡り合わせで難を受け。氏子、信心いたしておかげ受け。今般、天地乃神より生神金光大神差し向け、願う氏子におかげを授け、理解申して聞かせ、末々まで繁盛いたすこと、氏子ありての神、神ありての氏子、上下立つようにいたし候」(『金光教教典』P.64。『金光大神御覚書』明治6年10月10日)

天地の間に氏子おっておかげを知らない、それが、言ってみれば難儀のもとになるわけでありましょう。前々の巡り合わせで難を受けるということでありますけれども、天地の間にあって、おかげを知らないということが、言ってみれば神様へのご無礼になるわけであります。

それから、資料の6番目。これは、明治15年、金光大神様がおかくれになる1年前のお知らせであります。

「天地の間のおかげを知った者なし。おいおい三千世界、日天四の照らす下、万国まで残りなく金光大神でき、おかげ知らせいたしてやる(『金光教教典』P.173。『お知らせ事覚帳』明治15年10月14日)

5番の資料と同じで、冒頭はおかげを知った者がないとあります。そして、万国まで残りなく金光大神ができてどうされるかというと、おかげを知らせてやる、ということであります。でありますから、われわれは先ず、「神様のおかげを知る」ということが大事なことになるわけであります。

よく「ご無礼」ということを申しますけれども、このお知らせをいただく限りは、おかげを知らないということが、ご無礼の極みではないかと思います。知らぬこととは言いながら、いろいろなご無礼をしますけれども、おかげを知ったらもうご無礼は出来なくなってくる。それくらいのことだということが、ここにあるわけです。おかげというものに目覚めなさい、というのが大事なところであります。

このおかげというのは、天地の間に満ち渡っているおかげをいただくということです。人間は本来おかげの中で生きていながら難儀しているのでありますから、一生懸命信心すれば、必ずおかげがいただけるというわけです。もしも難儀の中で生きているということであれば、何をやっても難儀に行きついてしまう。ところが、神様のおかげの中に生かされているのだから、一生懸命信心すれば必ずおかげがある、というのが金光大神様のご信心の世界です。ですから私たちは、それではおかげをいただきましょう、という心になって信心させていただけば、立ち行くことが出来て行くのであります。

おかげを知らないということが一番のご無礼であるなら、おかげを探して歩けばよいわけです。よく野生動物の番組をテレビでやっていて、私も好きで視るのですが、地面を突っついて餌を探している動物の姿が映る。甲斐甲斐しく突っついている。しかしそこに必ず餌があるというわけではない。何度も突っついているうちに、ここに虫がいた、またここに虫がいたと餌にありつける。そのように餌を探してこつこつやっている、これがおかげをいただくことに通じるのではないかと思うのです。それが、おかげを受けるこつではないかと思うのです。

生活をしていれば、いろいろなことがある。嫌なこともあるでしょうが、探してみればおかげは見つかるのではないか。不幸で不幸で、苦しくて苦しくてと言っても、それでも探してみれば、おかげがあるのではないか。さっき言いました神様のおかげの中で生かされているのですから、探せばどこかにおかげが見つかるのではないか、というこの信心の姿、これが神様のおかげに目覚めるということだと思います。

おかげに目覚める生き方ということも、御取次で教えていただいて分かることです。私はもう不幸の塊で、楽しみも幸せも何もない、と思っている人でも、御取次を願い頂けば、だんだんそうではないと思えてくるのであります。

お道のおかげの原点ということを考えてみますと、安政2年、金光大神様が「のどけ」の病をされたご事蹟に、その原点があると思います。金光大神様はそのとき、九死一生と言われるほどの「のどけ」という病気にかかられる。このご事蹟については、平成15年に刊行された『金光大神』の「第四章 神との出会い」というところに書いてあります。

そのとき金光大神様は、湯水も通らないご容態で、言葉も発することもできずに横になっておられた。家族の方たちは、今主人に死なれては大変だということで、農作業の合間にご祈祷されるわけです。

いまご本部にお参りさせていただきますと、立教聖場があります。正面には床の間があって、神様がお祀りされています。右手に襖があり、その奥に一部屋あります。金光大神様は「のどけ」を患われて、その奥の部屋で休んでおられた。家族の方たちは、いま神様がお祀りしてある座敷で、石鎚山の先達の古川治郎という方を中心にご祈祷を始められます。そうすると、先達の口を通じて、「普請わたましにつき、豹尾、金神へ無礼いたし」という神様のお言葉が下がる。それに対して、金光大神様の奥様の父、岳父である古川八百蔵様は娘婿を庇うために、「当家において金神様おさわりはない…、方角を見て建てた」と応対される。当時の宗教的なしきたりから、強く応対しなければならないということから、八百蔵様はそうされたのです。

そうしたところ、神様は重ねて、「そんなら、方角見て建てたら、この家は滅亡になりても、亭主は死んでも大事ないか」とまた仰る。そのやりとりを、金光大神様は襖ひとつ隔てた奥の部屋で聞いておられたわけです。「のどけ」になって、声も出ないし何も食べられないけれども、意識だけははっきりしておられた。そのやり取りを聞かれて、びっくりされるわけです。そして、八百蔵様が自分のことを庇って言ってくださっていることは重々お分かりになっていながらも、「あんなことを言って下さらなければ良いのに」と心で思われるのです。そうして、そのように思われた途端、金光大神様は声が出るようになられたのです。声が出るようになられたので、取りあえず寝座から神様に向かってお断りをされる。「ただいま氏子の申したは、なんにも知らず申し。私戌の年、年回り悪し、ならんところを方角見てもらい、何月何日と申して建てましたから、狭い家を大家に仕り、どの方角へご無礼仕り候、凡夫で相わからず。方角見てすんだとは私は思いません。以後無礼のところ、お断り申しあげ」とお断りをされる。そうすると神様は、「戌の年はよい。よし。ここへ這い這いも出て来い」と仰せになって、神様と金光大神様との対話が始まるのです。

おかげの原点は、神様に対して心でお断りをされ、その時に突然声が出るようになられた、これがおかげの原点なのです。神との出会いの大事なところであります。このとき神様は、助ける神として世にお出ましになったのです。

昭和28年に刊行された『金光大神』では、そこのところは「みかげの受け始め」という章に書かれています。金光大神様が天地金乃神様のおかげを受けられたその最初が、このご事跡であります。金光大神様がおかげを受けられた最初の事柄でありますから、われわれお道の信奉者にとってのおかげの原点でもあると、私は思うのであります。

このご事蹟における神様と金光大神様とのやり取り、ここにいろいろなことが凝縮されています。例えば、寝たきりの状態であられても、金光大神様はとにかく意識はしっかりとしておられた。家族親戚一同は大変なことだと大騒ぎをしておられたが、金光大神様はそうではない。平成15年刊行の『金光大神』には、死ぬような病気になられて、「しかも、ものが言えなくなって、かえって心は澄み切ってきた」と書いてある。神様に心を向けるときに「私は死にそうな病気ですから、どうぞ神様助けて下さい」とは、金光大神様は一切仰ってない。心が澄みきっている。そこに神様からお知らせが下がるわけです。

そして、それまでの自分の有り様を神様にお断り申しあげたら、ふっと声が出るようになられた。ふっと声が出るようになったから、とにかく神様に襖を隔ててでもお断りをされる。そうしたら神様は、ここまで這いながらでも出てこい、とおっしゃる。金光大神様は這い這いしながら、隣の座敷に行かれたと私は思うんです。これは、お参りの原点と言うことができるでしょう。おかげの原点の次は、お参りの原点です。神様の前に行って、神様と相対で対話をする。これが今のお道ではお取次になります。このようなことが、安政2年に立教聖場で営まれていたのです。

先程、死ぬような病気になって心が澄み切ってきた、ということを申しましたが、このとき金光大神様は、「私は心実正、神仏へ身任せ」というふうに仰っています。家族や親戚の方々は大変だ大変だと騒いでいるけれども、私は心確かに、身体のことは神様仏様にお任せしました。これは、神様からいただいた身体ならば、神様に治していただこうということで、神様に向かうしかないぞということでありましょう。「生きるも死ぬも神様任せ」という言い方は、こういうところから出てくるのだと思います。

「心実正、神仏へ身任せ」といって神様に向かい、そして何か神様からみ教えがあれば、這い這いしてでも、神様の前へ行って教えを聞かせてもらう。ここのところに、お道の大事なところがあるわけであります。

・「お礼と喜びの生活をすすめ」

続きまして「お礼と喜びの生活をすすめ」ということですが、「お礼」ということにつきましては、四代金光様がいろいろとみ教えを下さっています。皆様方の中にも、お結界で「お礼を土台にして」という四代様のお言葉をお聞きになった方があると思いますが、本当に何度も何度もいろいろなところで教えて下さっている。

おかげというものは、突っついてでも探さなければいけないわけでありますけれども、本当に神様のおかげに目覚めて、「ああ神様のおかげを受けているな」と思えば、当然お礼は出てくるし、何かお礼をせざるを得ない気持ちになってくる。これが大事です。そして、心の底からお礼が言えるようになれば、おのずと喜びが湧いてくるものです。

先程の「のどけ」の病いのところでは、神様から「金神、神々へ、礼に心経百巻今夕にあげ」というお言葉が下がります。また奥様に対しては、「衣装着かえて、七日のごちそう、香、灯明いたし、お広前五穀お供えあげ」と神様は仰っている。そういうお礼の仕方もある。このとき金光大神様は、喜びに満ち溢れてお礼をされたのではないかと私は思います。

お礼と一言で言っても、いろいろなお礼の仕方があります。神前拝詞をあげてお礼をすることもあれば、衣装を着替えて改まって神様にお供えものをすることもある。ところが、資料の7番にある、こういうお礼の仕方も金光大神様は教えておられます。ちょっと長いですけれど読ませていただきます。

「ある日、出社の三村佐野さんとともに金光様のみもとに参拝した時、三村さんが『金光様、私はこれまで広大なおかげをいただいていますので、何か神様にお礼をさしていただきたいと思いますが、何を奉ったら、この神様は一番お喜びくださるでしょうか』とおたずねした。金光様は、

『三村さん、神様にお礼をするのに物を奉ってすむのならば、これまであなたが神様のおかげを受けられたそのお礼には、何もかも奉っても足りはすまい。神様はそんなものをお喜びになるのでもなく、また望んでおられるのでもない。あなたがおかげをいただかれたことを、神様のありがたいことを知らない世の中の人々に教えてあげよ。そうすれば、その人々が助けられ救われる。それが神様の一番喜ばれるお礼である』

と仰せになった」(『金光教教典』P.605。理Ⅱ千田志満3)

これは千田志満先生が伝えておられるみ教えでありますが、こういうお礼の仕方もある。

神様にお供え物をする場合もあれば、拝詞をあげてお礼をする場合もあるけれども、神様が有難いこと、おかげをいただいたという事実、それを人に伝えて信心するように導いてあげる、それが神様の一番喜ばれるお礼である、というふうに仰る。そういうお礼もある。いろいろなお礼の仕方があるけれども、こういう千田先生が伝えておられるお礼というものもあるということを、どこか頭に入れて、そういう信心をさせてもらうことが大事だということです。

・「神心となって 人を祈り 助け 導き」

そういう、千田先生が伝えておられるようなお礼に気がつきますと、おのずと「神心となって 人を祈り 助け 導き」ということに繋がってくるわけであります。

自分がおかげをいただいて、ああ良かったと思ってお礼をする。それであれば、自分が良かったというだけのことです。ところが、それをもって人を導いてあげなさい、それがお礼ですよ、ということになれば、おのずとこの4行目の「神心となって 人を祈り 助け 導き」というところになってくるわけです。

「神心」ということについては、資料の8から11にいろいろ挙げておきました。『金光教教典』にどのようなことで、神心ということが出ているか。最初は、福嶋儀兵衛先生の伝えでありますが、神心となって、受けたおかげを人に話して真の道を伝えるのが、神へのお礼である」。それから市村光五郎様には、信心して神となりて、人に丁寧に話をしておくのが、真の道をふんでいくのぞ」と金光大神様は仰っています。ここは神心とは書いてございませんけれども、「信心して神となりて」と、神心以上に積極的に教えておられる。信心して神になれというお道の大事なところを言っておられます。それはどうすることかと言うと、人に丁寧に話をしていくということが肝心で、金光大神様のみ教えを一人ひとりに丁寧に話していくのが真の道をふんでいくことだということです。

それから、10番目は片岡次郎四郎先生の伝えで、「不幸せな者を見て、真にかわいいの心から、わが身を忘れて人を助ける、そのかわいいと思う心が神心じゃ。その神心におかげがいただけるのぞ。それが信心ぞ」。それから、11番目に近藤藤守先生に対しては、かわいいと思う心が、そのまま神である。それが神であるというふうに仰っている。「神心」、あるいは「神となる」については、このようなことで教えておられる。

この「神心となって」という一句だけを考えてみますと、「そのような神様の心には、とてもなれません。金光大神様だからそうおなりになったので、私にはとてもできません」というのが普通の考えかと思うわけでありますが、しかし、かわいそうな人を見たら、かわいそうと思う、何とかしたいと思う、それが神心である、ということであれば、誰でも持ち合わせている心である。それで、神心は誰でも持ち合わせているということで、「神心となって 人を祈り 助け 導き」という筋道になるわけであります。

そういう生き方、4行目に書かれているような生き方をして、神人の道を現して行きましょう、ということが、この運動の大事な結論になってくるわけです。

・「神人の道を現そう」

「神人の道を現す」ということについて、この「神人の道」という言葉はどこから来たのかということでありますけれども、資料の2番に掲げております。立教150年のお年柄の時に、現教主金光様から「神人の道」というお言葉を私たちはいただきました。これは、各教会にも短冊となって配られておりますが,そのもとになったお言葉、立教150年生神金光大神大祭の時の金光様のお言葉でありますが、下から4行目ですね、

「いよいよ神と人とあいよかけよで立ち行く『神人の道』が、一人ひとりの生活に現されてまいりますよう、共々に心を込めてお役に立たせていただきたいと願っております。どうぞよろしくお願いいたします」

「よろしくお願いいたします」とは、私たち信奉者に対して金光様が仰っているわけです。「神と人とあいよかけよで立ち行く『神人の道』が、一人ひとりの生活に現されてまいりますよう」という、このお言葉をいただいて、「神人の道を現そう」という「神人あいよかけよの生活運動」が定まったということであります。

金光様のお言葉で、この「神人あいよかけよの生活運動」が始まったというふうに思っていただければ有難いわけでありますけれども、さて、信心には二つの相(すがた)があります。信心して自分がおかげを受けるという相と、おかげを受けた自分が世と人のお役に立つという相です。「神人あいよかけよの生活運動」の願いの3行目までは、信心して自分がおかげを受けるという相を現しています。ところが4行目からは、おかげを受けた自分がどうやって生きていくか、どういう信心生活を送っていくか、ということが示されています。その2つの相を、この運動は現しているという見方ができるわけであります。

自分が助かる信心から、自分以外の人が助かる信心になって行っているか? 例えば、自分が病気をして苦しい時に、「神様、痛くて苦しいから助けてください」ということであれば、自分の都合をお願いしているわけです。ところが、自分が苦しいには違いないけれども、「こんな病気をしていたら、家族が心配するなあ」とか「会社に迷惑をかけるなあ」といって、「神様、どうぞ家族に心配をかけませんように」あるいは、「会社に迷惑がかかりませんように、早く病気を治してください」というお願いをしたとすれば、これは自分の都合とはちょっと違うことになってくる。自分の都合だけでお願いするのと、自分以外の人の都合まで思いを致してお願いするのとでは、ずいぶんお願いの中味は違ってきます。

というように、自分自身がおかげを受けるということと、自分がおかげを受けたことによって人が助かるという、そういう信心に転換していく、というのが、3行目から4行目にかけての筋道となってくるわけですね。

お道では「おかげ話」ということを申します。自分が受けたおかげを人に話す。ところが往々にして、特に家族の中などでは、「また、おばあちゃん、あんなことを言っている」とか、「おじいちゃん、本当にしつこいな」ぐらいで、また同じことを言っているように思われてしまうことがある。自分としては、こんなに神様の有難いおかげを受けた話をしているのに、誰も聞いてくれません、ということになってしまう。おかげ話をしているつもりが、思い出話をしているくらいのことに受け取られてしまう。なぜ、おかげ話が通じないのでしょうか? 不思議ですよね。

それは、おかげ話の根本を間違えているからではないか、と私は思うのです。自分がおかげを受けたのは事実であります。そこで、神様の思いを分からせられたのも事実であります。ところが、おかげ話というのは、話ですから相手がいるわけです。おかげ話とは、聞いている相手がおかげを受ける話だというふうに考えたらどうでしょう。

自分が受けたおかげを話す。それは事実だから間違いはないし、神様が有り難いことにも間違いはない。けれども、聞いている相手がおかげを受ける話でなければ、本当のおかげ話にはならないのではないか。そういうように考えたら、自分の話はどうなるか、ということです。いつでも人のことを思って自分の行動を考える、これが大事なことだと思うわけであります。おかげ話ひとつでも、聞いている子供や孫が助かるためにどういう話をすれば良いか。そういう思いをもって、「ああそうだ、自分のこういう経験を話してあげよう」ということになれば、それは相手が助かるようにという願いの裏打ちをもって話すことになりますから、少しは子どもや孫たちに伝わるのではないかと思うのです。「こんなおかげ話もあるから.私の話を聞いてくださいな」という言い方をするのと、「有り難い話をしてあげるから聞きなさい」というのとでは、全然違うわけです。おかげ話ひとつとっても、自分がどういう心で話をしているかということを、よくよく神様と相談しながら考えて見る必要があると思うのです。

そのようなことを自覚して、お道の話をさせていただかなければならない。聞いている人がおかげを受ける話がおかげ話とするならば、どうぞその人に助かってくださいという願いが先に立つわけです。それで、つたない経験だけれども私のおかげ話をしましょう、ということになってくる。この筋道を間違えますと、どなたも話を聞いてくださらない。

そういうことで、この3行目から4行目、4行目から5行目で「神人の道を現そう」といった時に、自分がおかげを受けると同時に、おかげを受けた自分がどのように生きていくかということが求められているということです。

 

  • 運動の意義

この「神人あいよかけよの生活運動」は、どういう意義を持っているのかということについて考えてみたいと思います。

「金光教では、『神人あいよかけよの生活運動』をしています」ということを、金光教を知らない方が知ったら、「ああ、金光教ではそういう生活運動をしているのか」というふうに思うでしょう。そして、「金光教の信者さんはみんなこの運動に取り組んでいるのだろうな」と思うでしょう。「私はそんなことは知りませんよ」「私はそんなことをやっていませんよ」と言ったとしても、外の人は取り組んでいると見るでしょう。金光教という教団がそういう生活運動をしているなら、そこの信者さんたちはみんな、そういう運動をしているのだろうなと思われる。

それで、人がそう見るから私は運動をやります、などということではまったく消極的ですね。もっと積極的な意義があるのではないか、というのが、この「神人あいよかけよの生活運動」の大事なところだと思うわけであります。金光教がこの運動を推進して、全教あげて取り組んで行きましょう、ということになっている。だったら、私たちもこの運動というものをよくよく理解して、もっと積極的に世間の人々にうったえるようにしたら良いのではないかと思います。

・私たち信奉者にとって

この運動は先ず、限りなく自己変革をしていく運動であると私は思います。自分が変わっていくという運動です。教えに導かれて自分自身が変わっていく、そういう運動であるということをまず最初に思います。

それから、自分がおかげを受けるだけでなく、おかげを受けた自分がお役に立っていくという運動ですから、世と人のお役に立つ運動であるということが言えると思います。それは、人間として崇高な生き方を求める運動であると言い換えても良いと思います。崇高な生き方というのは、日本人の常識とか民族の常識とはちょっと違うんですね。人類として、人間として尊いということです。人を助けるとか、愛情深く生きるとか、思いやりを持って生活をするということは、万国共通、万人共通に尊いことでしょう。日本だけのことではない。「神人あいよかけよの生活運動」は、人間として崇高な生き方を目指す運動であると言うことができる。自分が自己変革して、崇高な生き方を目指す運動だということで、そういうお道の最先端にわれわれはいるわけです。

金光大神様が天地金乃神様と共に苦難の中から開いて下さったこのお道の、最先端に私たちがいるということで、今申しました生き方を求めて、そして世界の人々に、私たちはこういう自己変革をして、崇高な生き方をしようとしています、というふうに言えるようなこととして、まずこの運動の意義を考えてみたいと思います。

・世界の人々に向かって

そういうわれわれを、世界の人々がどういうふうに受け取るか。金光教の皆さんは、「神人あいよかけよの生活運動」をしておられますね。人として崇高な生き方をしようとされてますね。それでは、私たちに何をして下さるんですか? というふうに世界の難儀な人々が問いかけてきた時、私たちはどのように答えるか? 決してこの運動は自己満足の運動ではないですから、世界の人々が、金光教さん何をしてくれるのですか、と問うてきたときに、どうするのか。逆にいえば、金光教は世界に何が出来るか、ということで、それについて考えなければならないと思います。

これについては、私は、金光教ではいつでもお取次を用意して、あなた方をお待ちしております、と答えることができると思います。いつでもお出でください、お取次の場で、皆様方の悩みや苦しみをお聞きしましょう、そして助かり立ち行く道を共に求めてまいりましょう、という言い方が出来る運動ではないか。そういうことを、世界の人々に向って言える運動ではないかと思うのです。自分達だけがこういう道を歩んで良かった、良かったじゃなくて、「何をして下さいますか?」と問われたときに、「どうぞお出で下さい、お取次を用意しています。あなたとともに、苦しみから救われる安心な道を歩んで行きましょう。出来れば崇高な道を共々に歩んで行こうではありませんか」ということが言える運動ではないかと思うのです。ですから、世界の人々に向って、そういうことを言う運動である、ということも出来るわけであります。

世界の人々と言いますと、何か大袈裟な感じがするという声が出るかも知れませんが、金光教では毎年、年度の基本方針、活動方針を決めており、平成26年の教団活動の基本方針は、「世界・人類の助かりに向けて、金光大神の信心を求め現す」で、副題が、「この道のおかげの自覚をもとに、お礼と喜びの生活を進め、『神人の道』を開く」というものです。

基本方針の本題の方に、「世界・人類の助かりに向けて」と掲げています。世界・人類なんて大袈裟と思う向きもあるかも知れません。しかし、金光教という教団は、これを標榜しているのです。特に、東京都教会連合会というのは、日本の首都、東京で活動する連合会です。われわれとしては、やはり世界に向いて信心をしていく必要があり、そうであるならば、自分がおかげを受け、受けたおかげをもとにしてどういう人生を送っていくか、ということをいつも考えていく必要があるのです。それは、家族から始まって、身近なものから世界・人類に向いて行かなければならないということです。

資料の13番、14番ですが、これは市村光五郎というお方に、金光大神様がお下げになったご理解であります。金光大神様最晩年のみ教えであります。

「御祈りは、何の年、病平癒、一心に願い、家内中まめ息災、牛馬にいたるまで御くり合わせを願えばさしつかえなし。天下太平、国家安心、五穀成就」(『金光教教典』P.239。理Ⅰ市村光五郎2-72-3)

お祈りとはこういうものだと仰っているのです。市村光五郎という方は、備前の邑久というところで左官屋さんをしておられた方です。今、邑久というのは、岡山駅から赤穂線に乗っていくつか行くと、邑久という駅があります。田園地帯で田んぼや畑のあるところでありますし、岡山の衛星都市ですが、かつてそこで左官屋をしておられたその方に、御祈りというのは病のことや家内中のこと、それから牛馬のことまでお祈りしなさい。そして、天下太平、国家安心、五穀成就を願いなさい、と仰っています。邑久というところで暮らしておられた左官屋さんに、天下国家のことを願いなさいと教えておられる。われわれが教会にお参りして、天下国家のことを祈りなさいと先生に言われたら、私一人くらいが祈ったくらいで天下国家が動くもんじゃありませんでしょう、と思うかも知れません。しかし、そうではない。われわれ一人ひとりが願わなければならないというのが、この金光大神様のご理解です。

それから14番。

「『今月今日で一心に頼めい おかげは和賀心にあり』という見識を落としたら世が乱れるぞ。神々のひれいもなし。親のひれいもなし」とお話しあり。(『金光教教典』P.201。理Ⅰ市村光五郎1-11)

これも市村光五郎様が伝えておられるみ教えです。信心の見識を落としたら、世が乱れる。これも、教会の先生から、あなたが見識を落としたら世の中が乱れます、と言われたら、私なんかが少々見識を落としても世の中が乱れることはないでしょう、と思うかも知れない。父親が見識を落としたら家の中は乱れるでしょうが、世の中が乱れるとは、ちょっと大袈裟ではないですか、と思うのが普通かも知れません。しかし金光大神様は、決してそうは思われない。一人ひとりの人間が、見識を落としてはだめなのだと仰る。

世界・人類と言うと大袈裟だという声があるかもしれませんが、一人ひとりが信心見識を持たなければいけないのだ、というのが金光大神様のみ教えなのです。そういう気持ちでなければだめだぞということを、金光大神様は教えておられるのです。それが、教団活動の基本方針の「世界・人類の助かりに向けて」ということになっている。

それから、「世界・人類の助かりに向けて」という文言は、今の金光様が初めて教主にご就任になった時のお言葉をいただいて、教団活動の基本方針となっているわけです。金光様はその時、「教団を挙げて世界の平和と人類の助かりに役立たせていただきたいと存じます」と仰せになり、「皆様、どうぞよろしくお願いいたします」というお言葉で挨拶を締めくくっておられるのです。金光様は、教団を挙げて世界の平和と人類の助かりのお役に立ちたいと思っておられ、そして皆さんどうぞよろしくお願いいたしますと仰って教主にご就任になり、それをいただいて津田内局から先ずーっと今日まで、「世界・人類」ということを金光教は標榜してきているわけです。

それは、信心する者一人ひとりが、世界の平和と人類の助かりのお役に立たせていただく、という心になることが肝心であって、誰か政治家がやるだろうなどという話では全然ないわけです。改めてそういう運動であるということを考えて、私達一人ひとりが取り組ませてもらって、世と人のお役に立ってまいりたいと思います。

資料

【 資  料 】

 

神人あいよかけよの生活運動  

願 い

御取次を願い 頂き

神のおかげにめざめ

お礼と喜びの生活をすすめ

神心となって 人を祈り 助け 導き

神人の道を現そう

 

1.「あいよかけよとは、り相助けることを意味する、この地方の古い方言である。双方がかかわり合う動きを表現する言葉である。ここでは、神と人とが親子のようにかかわり合い、はたらき合っていくことにたとえられている。そして、神と人との間にあいよかけよでかかわり合う関係が生まれるとき、人の難儀は解かされていく」(平成15年刊『金光大神』P.133)

 

2.〔教主お言葉〕(立教150年生神金光大神大祭。平成21年)

「本日はおめでとうございます。このように信奉者の皆様と共に、立教150年生神金光大神大祭をお仕えさせていただきましたことは、誠にありがたいことであります。

教祖様が、天地金乃神様のお頼みをお受けになり、御取次のご用に専念されたことにより、『神も助かり、氏子も立ち行く』道が人の世に開かれ、歴代金光様、直信先覚先師をはじめ、多くの信奉者のお働きによりまして、この道が今日に伝わり、私たちがここまでおかげをこうむってまいっておりますことは、もったいないことであります。

あらためて、ご立教にかけられた親神様のおぼしめしと、これを謹んで受けられた教祖様のご信心に思いをいたし、いよいよ神と人とあいよかけよで立ち行く『神人の道』が、一人ひとりの生活に現されてまいりますよう、共々に心を込めてお役に立たせていただきたいと願っております。

どうぞよろしくお願いいたします」

 

世が始まってからこのかた、神がものを言って聞かせることはあるまい。どこへ参っても、片便で願い捨てであろう。(『金光教教典』P.444。理Ⅱ市村光五郎8)

 

4.同じく十日早々仰せつけられ。

一つ、金光大神社でき、何事も神の理解承り、承服いたせば安心になり、神仏とも喜ばれ。親大切、夫婦仲ように、内輪むつまじゅういたし候。

一つ、方角日柄見るばかり、天地乃神に願うことなし。見ても見いでも願い断り申し。神は氏子繁盛守りてやる。(『金光教教典』P.55。『金光大神御覚書』明治4年12月10日)

 

5.天地金乃神と申すことは、天地の間に氏子おっておかげを知らず。神仏の宮寺社、氏子の家宅、みな金神の地所、そのわけ知らず、方角日柄ばかり見て無礼いたし、前々の巡り合わせで難を受け。氏子、信心いたしておかげ受け。今般、天地乃神より生神金光大神差し向け、願う氏子におかげを授け、理解申して聞かせ、末々まで繁盛いたすこと、氏子ありての神、神ありての氏子、上下立つようにいたし候。(『金光教教典』P.64。『金光大神御覚書』明治6年10月10日)

 

6.天地の間のおかげを知った者なし。おいおい三千世界、日天四の照らす下、万国まで残りなく金光大神でき、おかげ知らせいたしてやる。(『金光教教典』P.173。『お知らせ事覚帳』明治15年10月14日)

 

7.ある日、出社の三村佐野さんとともに金光様のみもとに参拝した時、三村さんが「金光様、私はこれまで広大なおかげをいただいていますので、何か神様にお礼をさしていただきたいと思いますが、何を奉ったら、この神様は一番お喜びくださるでしょうか」とおたずねした。金光様は、

「三村さん、神様にお礼をするのに物を奉ってすむのならば、これまであなたが神様のおかげを受けられたそのお礼には、何もかも奉っても足りはすまい。神様はそんなものをお喜びになるのでもなく、また望んでおられるのでもない。あなたがおかげをいただかれたことを、神様のありがたいことを知らない世の中の人々に教えてあげよ。そうすれば、その人々が助けられ救われる。それが神様の一番喜ばれるお礼である」

と仰せになった。(『金光教教典』P.605。理Ⅱ千田志満3)

 

8.「神信心しておかげを受けて、難儀な人を助ける身にならせてもらうがよい。神心となって、受けたおかげを人に話して真の道を伝えるのが、神へのお礼である。それが神のお喜びとなる。信心するといっても、これまではみな神様を使うばかりで、神様に使われることを知らない。天地金乃神様は人を使わしめになさる。神様に使われることを楽しみに信心せよ」(『金光教教典』P.673。理Ⅱ福嶋儀兵衛11)

 

9.金光様のお話に、巳の年に理解あるは、

「金神様より金光に、いつまでもみてぬ(尽きぬ)おかげを話にしておくのぞ。また、巳の年も信心して神となりて、人に丁寧に話をしておくのが、真の道をふんでいくのぞ」

とお言葉あり。

「金光が下げた言葉を違わぬように、また下げるのが、これがまた生神となるのぞ」

神になっても、神より上になること、御戒めあり。また、

「先生より上になること無用なり」。(『金光教教典』P.214。理Ⅰ市村光五郎1-46)

 

⒑ 寒い日であったが、お参りをしておると気の毒なおじいさんに遭うたので、あまりのことに着ていた物を脱いであげた。それからお参りすると、金光様が、

「才崎金光(片岡次郎四郎)、今日は結構なおかげを受けたなあ。不幸せな者を見て、真にかわいいの心から、わが身を忘れて人を助ける、そのかわいいと思う心が神心じゃ。その神心におかげがいただけるのぞ。それが信心ぞ」

とおっしゃったが、おかげを受けた者は、ありがたいことを知っておるはずじゃから、神様の心になって不幸せな者を助けてやらねばならぬ。(『金光教教典』P.875。理Ⅲ尋求教語録168)

 

⒒「明石で烏をおとりにして雀を捕っていました。杭を打って烏をつなぎ、その前にえさをまいて、烏がいるからと雀が安心して来たところを、かすみ網をかけておりました。かわいそうなことをすると思いました」という話を申しあげたら、

かわいいと思う心が、そのまま神である。それが神である

と仰せられた。(『金光教教典』P.535。理Ⅱ近藤藤守17)

 

⒓とは、でないぞよ。此方は、はと書くぞよ。そこでのう、不神人とは言うなよ。不神人と言えば、神も怠り人も怠るということになるからのう。神に通らぬと言えばよい」(『金光教教典』P.290。理Ⅰ近藤藤守66)

 

⒔「御祈りは、何の年、病平癒、一心に願い、家内中まめ息災、牛馬にいたるまで御くり合わせを願えばさしつかえなし。天下太平、国家安心、五穀成就」(『金光教教典』P.239。理Ⅰ市村光五郎2-72-3)

 

⒕ 天地日月生神金光様、

「『今月今日で一心に頼めい おかげは和賀心にあり』という見識を落としたら世が乱れるぞ。神々のひれいもなし。親のひれいもなし」

とお話しあり。(『金光教教典』P.201。理Ⅰ市村光五郎1-11)

 

⒖        平成26年度教団活動基本方針

世界・人類の助かりに向けて、金光大神の信心を求め現す

この道のおかげの自覚をもとに、お礼と喜びの生活を進め、   

『神人の道』を開く

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